台所のあるべき姿とは  住宅産業から住居産業へ ③|株式会社FGH 執行役員 中村彰男

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台所のあるべき姿とは  住宅産業から住居産業へ ③

株式会社FGH 執行役員 中村彰男

やや偏屈なところも、つむじの曲がったところもありますが、情報量に関してはそこそこの自負がございますので、私のコラムからは、不動産投資について、何らかのヒントを拾っていただけるのではないかと思っております。

私は、勤務先の会社で開催している、収益不動産運用に関するセミナーの講師も受け持っていますが、主たるテーマを、人口減少期における不動産投資はいかにあるべきか、に置いています。

前回のシリーズでは、近現代における東京の発展段階を、さまざまな角度から検証することによって、賃料の下落しにくいエリアを想定しようと試みました。

今回のシリーズは、大幅に趣向を変えて、住宅を供給する側ではなく、居住する立場から、どのような住宅が快適な住居なのかを考えてみようと思います。

より快適な住宅が、市場優位性を持ちうるからです。

ダイニングキッチンの誕生

集合住宅歴史館という、UR都市機構が運営する施設が八王子にあります。
 
昨年の新卒社員研修で一度お邪魔したのですが、ここには、茶の間が消滅してから、現在のLDK型間取りが確立するまでの過渡期における公団住宅がいくつか移築保存されていて、興味深く見学させてもらいました。
 
UR都市機構の前身は日本住宅公団であり、焼け野原となった戦災からの復興に伴う住宅難解消のために、国策として大量の団地住宅を供給してきたのは周知のとおりです。
 
これら団地住宅の設計上の基本思想は、寝食分離でした。
 
とはいえ、増え続ける都市流入人口に対応するために、質よりは量を追求せざるをえなかった時代のことゆえ、1住戸あたりに割り当てることができる面積はいきおい狭くならざるを得ません。
 
ここで編み出されたのが、わが国住宅史の大転換点となる、ダイニングキッチンという窮余の一策であります。
 

この発明によって、たかだか40㎡のスペースの中に、2寝室に食事室プラス台所その他水まわりをともかくも詰め込むことができ、かろうじて4人家族が暮らすことが可能になりましたが、今の感覚で見ると、いかにも狭い。
 
それでも、当時はダイニングキッチンの目新しさも手伝って、ときには数百倍もの抽選倍率になったといいます。
 
民間のアパートなんて、ひと間しかないのが大多数だった時代ですから、寝室が割り当てられただけで十分だったのでしょう。
 
この空間感覚はかなり長い間続いたようで、私がこの業界に入った1986年に自社が東池袋で分譲していた新築マンションなぞは、45㎡の3DKで4500万円もしていて、正直、人間の住むもんじゃないと思いましたね。
 
個室が多けりゃいいんだろ、といわんばかりに、空間をこま切れにしたのはいいけれど、果たしてそこに生活らしい生活はあったんでしょうか。
 

更新日:2016年12月28日 (公開日:2017年6月28日)

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