年間10万人が訪れるキャンプ場『北軽井沢スウィートグラス』を中心にフィールドビジネスを手掛ける創業者の軌跡|自分だけの生き方!~自分だけの生き方を謳歌する賢者への岩崎せいじ取材対談コーナー~-不動産賃貸経営博士-

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年間10万人が訪れるキャンプ場『北軽井沢スウィートグラス』を中心にフィールドビジネスを手掛ける創業者の軌跡|自分だけの生き方!~自分だけの生き方を謳歌する賢者への岩崎せいじ取材対談コーナー~
~自分だけの生き方を謳歌する賢者へ「岩崎せいじ」の取材対談コーナー~
年間10万人が訪れるキャンプ場
北軽井沢スウィートグラスを中心に
フィールドビジネスを手掛ける
―有限会社きたもっく 代表取締役 福嶋誠―
【福嶋 誠 略歴】※写真中央
1951年群馬県北軽井沢生まれ。北軽井沢にあるオートキャンプ場“スウィートグラス"は、全国アウトドア誌の人気キャンプ場ランキング過去6年で4回一位に輝く、日本一のキャンプ場。北軽井沢ならではのフィールドとライフスタイルの提案が都市生活者の共感を呼び、来場者は右肩上がりに増加してきた。また、自然共生型アウトドアパーク、薪ストーブと薪の製造販売など次々と新しい事業を生み出している。

北軽井沢スウィートグラスにて代表の福嶋さん、創業期から一緒にキャンプ場を作ってきたツリーハウスビルダーの稲垣さんと焚火を囲って対談取材しました。
自然と近いところで人が居られる場所を作ってみたい
――北軽井沢スウィートグラスは今や日本を代表するキャンプ場として認知されていますが、事業はどのように始まったのでしょうか?

30年近く前、39歳の時に都会からこの地に帰ってきました。 荒涼とした大地に浅間山がキレイに見え、ここの良さをいろんな人に知ってもらいたい、 自然と近いところで人が居られる場所を作ってみたい、という想いから始まりました。

父には「キャンプ場ってなんだ?地べたに人を寝させてお金を取るのか、世の中を甘く見るな」と怒られましたが、お金もなかったので父の土地を借りるところからキャンプ場をスタートしました。
しかし、始めは泣かず飛ばずで何か仕掛けないとダメだと考えていました。

人が佇むには木が必要
――日本有数のキャンプ場も初めからうまくいったわけではないのですね

木もないのっぺりした土地だったので、日差しや風を遮ったり景観を作るために樹木を作ろうと、荒れた牧草地にとにかくひたすら木を植えていきましたが、そこからこの土地との格闘が始まりました。

土壌に保湿性がなく水はけが良すぎたので、いくら植えてもすぐに枯れるんです。
植木屋さんに頼んでもダメ、300本植えても全部枯れる・・。今生えている3倍以上は植えてるんですよ。
試行錯誤の結果、最終的にはいくつかの木を合わせて混植する事で共生して根付いていきました。

ツリーハウスビルダー稲垣さんとの出会い
――独創的なツリーハウスや森の黒板などアートを感じるフィールドを一緒に作り上げてきた稲垣さんとはどのように出会ったのでしょうか

20年前、真っ黒い顔でバイクに乗ってフラフラしてた稲垣さんと出会いました。 面白いけど仕事は出来なそうなやつだと思ってました。
一人で住んでいた壊れかけの家に行った時に、壁一面に卒業制作の大きな絵が飾ってありました、 その絵は大学時代の都会で孤独に目標を見失い、悶々とした想いが籠ったとても暗い絵でした。

一目見て大作を作りきる絵の力量が足りてない事は分かりましたが、 都会の赤信号にしょぼくれたカラスが止まっている空間だけは描ききっていて絵が生きていました。
その1点を描く力量には才能が隠れ見えていましたね。
そこからキャンプ場の手伝いで看板を描いてもらうことから付き合いが始まりました。

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ルオム(自然に従う生き方)を会社理念としてビジネスを展開
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