ブルーベリー農園、千葉木更津エザワフルーツランドの設立者が語る!ブルーベリー ラビットアイ種の栽培方法や育て方|自分だけの生き方!~自分だけの生き方を謳歌する賢者への岩崎せいじ取材対談コーナー~-不動産賃貸経営博士-

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~自分だけの生き方を謳歌する賢者へ「岩崎せいじ」の取材対談コーナー~
すべては自分の経験から、
既存の常識とは真逆のど根性ブルーベリー栽培
―エザワフルーツランド 江澤貞雄―
【江澤 貞雄 略歴】
1947年、千葉県木更津市生まれ。東京の広告代理店に勤務していたが、家を継ぐために27歳の時に木更津に帰郷。木更津市富来田農協の営農指導員となり、農業のプロたちと向き合う日々の中で『ブルーベリー栽培』に関わる事になる。1997年に農協を退職後、それまでの実体験に基づいた知識を元にブルーベリー観光農園・エザワフルーツランドを設立。研究と試行錯誤の末に既成概念を覆すど根性栽培を確立する。一般社団法人 日本ブルーベリー協会 五代目会長。
『木更津の今』 ~アクアラインの開通によって賑わいを取り戻した木更津市~
――木更津市というとアクアラインが開通して、当初は交通料金が高いと問題になったりしていましたが、最近の木更津市についてお伺いできますか?

そうですね、バブルの頃は土地も10R(1000平米)で1億とかね、みんな狂っちゃったんですよ。何千万も借金して買ってそのあとバブルが弾けて10分の1以下になって支払いが出来ずに不良債権の山になって、結果的に捕まったり。
木更津市はいろんな歴史がありましたがアクアラインの交通料金も下がり都心からの流入も増えて、やっと落ち着いたと思いますよ。

私は木更津をブルーベリーの里にしたいと思っていまして、JR馬来田駅のホームや道の駅にもブルーベリーを150本植えています。
道の駅はNEXCOと市長にかけあって、大きな看板作ったらお金かかりますけど、無料でブルーベリーを植えます、と提案しました。ブルーベリーが植えてある道の駅なんて日本中どこにもないですから良いアピールになります。

木更津市で初の道の駅「道の駅木更津うまくたの里」はまだ出来て2年目ですが、株式会社彩花の里が運営していて生産者の顔を出したり、マイクパフォーマンスをしたり体験型のテーマパークとしてとても賑わっています。
彩花の里は道の駅の運営にとても長けていますね。

千葉県の中でも木更津市は渡辺芳邦市長が観光にとても力を入れていてすごく良くなりました。渡辺市長の熱心で前向きな考えのもと職員さんも良く動てくれていますし、パンフレットやポスターでもブルーベリーを一所懸命応援してくれています。
木更津市は今は最高に良いと言えるんじゃないでしょうか。

『転機』 ~東京の広告代理店勤務から木更津の営農指導員に~
――江澤さんがブルーベリー栽培を始められたきっかけは?

実は20代の頃は東京の広告代理店でデザイン関係の仕事をしていて、今とは全く違う環境にいました。
ですが、兄が家を継がなかった都合で、私が家を継ぐこととなり、27歳の時に木更津に戻り、父の紹介で農協に勤める事になりました。全く知識もない状態で営農指導員になりましたが、農業のプロ達に20代の新米職員は相手にされませんでした。

――相手は長年農業に携わってきたプロですから、一から信用を築いていくのも簡単ではないでしょうね。

はい。彼らに認めてもらえるものが必要でした。そこで、何か1番になれるものはないかと考え、新しい作物にチャレンジすることにしました。キウイフルーツやハト麦など、様々な作物を研究しました。

そんな時、当時とても可愛がってくれていた組合長からブルーベリーをやってみたいと声をかけてもらい千葉農業大学校の先生のもとに指導を受けに訪ねたことがブルーベリー栽培の始まりでした。

『誕生』 ~それまでの常識に捕らわれず自身の体験から生まれた「ど根性栽培」~

当時はブルーベリーの栽培は大変難しく考えられていて、ピートモスで酸性土壌を作り、水が無くてはいけないと井戸まで掘った人もいました。
1年経って葉に斑点が出てきたら病気じゃないかと先生のところにもって行って……。 営農指導員時代にピートモスを多量に使い潅水の必要を強調した結果、7haのうち4ha以上を枯らすことになりました。
ですが、研究と観察を重ねた結果、化成肥料の多用と潅水の強調による根腐れが原因と分かりました。既存の常識や情報は全く関係なかったのです。その時の失敗から学んだのが、今までの栽培書とは真逆のど根性栽培です。

――失敗から学び、既成概念を覆した栽培方法が「ど根性栽培」なんですね。

ブルーベリーの主な原産はアメリカであり、ハイブッシュなど寒冷地向きの品種がブルーベリーと言われていました。
アメリカの気候や土壌での栽培方法をそのまま日本に持ってきたものが正しい栽培法とされていたのですが、そもそもアメリカと日本では土壌や環境がまったく違ったんです。アメリカでは雨が少なく、砂地で土地も良くないから灌水施設を作って、肥料も自動であげていると、そう伝えてくれればよかったんですけどね(笑)

実際にアメリカのブルーベリー農園を見学をした際に、雨も少なく松の木が生えている砂地でブルーベリーが自生していたんです。それを見て日本の肥沃な土地だったらもっと簡単にブルーベリーが育つと確信したんです。

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ブルーベリー協会会長、木更津エザワフルーツランド江澤貞雄氏、千葉でブルーベリー専業農家として50歳で観光農園を開業
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ブルーベリー協会会長、木更津エザワフルーツランド江澤貞雄氏、千葉でブルーベリー専業農家として50歳で観光農園を開業
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