サイバード社長退任までの最後の5年間…成功者が導く『新たな挑戦』|Oceans株式会社 代表取締役 堀主知ロバート|自分だけの生き方!~自分だけの生き方を謳歌する賢者への岩崎せいじ取材対談コーナー~-不動産賃貸経営博士-

不動産賃貸経営博士 > 岩崎せいじ 取材対談 > サイバード社長退任までの最後の5年間…成功者が導く『新たな挑戦』|Oceans株式会社 代表取締役 堀主知ロバート|自分だけの生き方!~自分だけの生き方を謳歌する賢者への岩崎せいじ取材対談コーナー~
~自分だけの生き方を謳歌する賢者へ「岩崎せいじ」の取材対談コーナー~
サイバード社長退任までの最後の5年間…
成功者が導く『新たな挑戦』
―Oceans株式会社 代表取締役 堀主知ロバート―
【Oceans株式会社 代表取締役 堀主知ロバート 略歴】
1965年、アメリカ合衆国ワシントンD.C.に生まれ、1994年頃よりインターネット関連事業に参入。1998年、携帯電話向けコンテンツ配信会社「サイバード」を設立し、代表取締役社長に就任。iモード向けコンテンツサービスを中心にモバイルコンテンツ事業を展開し、モバイル業界を代表する企業となる。その後、2016年7月に株式会社サイバードの代表取締役社長を退任(同時に顧問就任)、現在は「Oceans株式会社」を設立し、代表取締役を務める。「日本を世界一アスリートとファンの絆(KIZUNA)の深い国にすること」を目標に掲げて『KIZUNAプロジェクト』プロジェクトを発足した。
【Oceans 株式会社の紹介】
会 社 名:Oceans 株式会社(Oceans Inc.)
本 社:東京都渋谷区東 2 丁目 14-13  HP : http://www.oceans-inc.company
TEL : (03)6451-1090 (平日 10:00~18:00 土日祝:休)  E-Mail : press@kizuna-athletes.jp
サイバード最後の5年間…… 最善の解決策を求め続けた日々
――まず、私が気になっていることから単刀直入に伺いますが……堀さんが創業した「株式会社サイバード」を退任された経緯をお聞きしてもよろしいですか?

「まぁ、端的に言うと……クビですよね(笑)」
堀社長はこともなげに笑いながらそう言ってのけた。

「10年前にJASDAQに上場していたサイバードの株を僕と投資ファンドで買い戻しました。いわゆるMBOです。なので、その後の株主は僕と投資ファンドだけなんですが、投資ファンドの方が金持ちなので、議決権は多くなりますよね。実際の経営はその後も僕がやっていましたが。
投資ファンドって案件を持ち続けるのではなく、売却して利益を上げるのが事業じゃないですか。でも、サイバードはなかなか売れなかったんですよ。売れないと何をするかというとより売りやすくするため、決算書が“綺麗“になるように、できる限り新規投資を控えて(コストを下げて)利益の最大化(キャッシュフローがリッチな状態)する”化粧“をするんです。それが売るタイミングならいいんですが、化粧をしても長らく売れずに困った状況が続きました」

――なるほど。でも、そんな状態で社長を変えても状況は好転しそうにありませんね。

「まったくです。当然僕も投資ファンドの方針が良くないから経営者を変えても何も解決しないと主張しました。ふざけた戦略を経営陣に押し付けるんじゃない!って。 次の社長の件も含めて色々と話を重ねましたが、結局袂を分かつことになりました。アップルのスティーブジョブズみたいな話ですが、僕が戻ることはないと思いますけどね(笑)」

――最後は潔く身を引かれたわけですね。

「自分の産んだ子供なんでね、会社っていうのは。どっちを選んだら社員がのびのびと仕事をできるのかを考えたときに、経営者が変わったらどうだろうという考えもありましたからね。
もう一方では僕も経営者なんで、ファンドとの戦いにさらに数年も時間を費やすことには何の得もない!という気持ちもありましたけど」

――実際、その5年間は苦悩と葛藤の5年間になったんじゃないですか?

「葛藤はありましたが、苦悩というよりも解決策を探し求めた5年間でした。僕も投資ファンド側の事情は分かるんですよ、実際。本当は相手にも理屈があって、彼らには彼らの立場があって、自分でもそうするのかな?とか折り合いを見つけながら日々やっていました。そういう環境を選んだのなら自分たちの最善の結果を出していくことがプロフェッショナルとしてのお互いの責任だと思います。その5年間はとにかく解決策を一生懸命探していましたね。
そんな5年間でしたが、コストがかけられないなりに新たな事業の柱を探す試行錯誤と検証は繰り返していました。ゲーム開発は現場に任せ、経営陣は次の支柱を探すために小さく、目立たないように数10万~数100万くらいの中で勉強したり小さく展開してみたりと。その柱の輪郭が見えてきたところに社長交代の話が来たんですけどね」

――それはまたすごいタイミングですね。

「彼らにも新しい事業の話はしましたが、『その事業はいらない』というのが投資ファンドの意向だったので、僕はこの事業を別の会社でやることにしました」

-->
次ページ
世界一の絆「アスリートtoファン」プラットフォームの創造
次ページ
世界一の絆「アスリートtoファン」プラットフォームの創造
― 松本零士さん生誕80歳記念 ― 宇宙を夢見た少年が歩んだ80年の軌跡を振り返る - 漫画家 松本零士さん -
自然と遊び、科学を楽しみ、科学を通じた『実体験の大切さ』を伝える - サイエンスプロデューサー 米村でんじろう先生 -
ー起業から30年……成功者が今、思うこと - 株式会社アースホールディングス 代表取締役 國分 利治 -
モバイル業界に革命をもたらした男……成功者の新たなる挑戦 - Oceans株式会社 代表取締役 堀主知ロバート -
創業25周年、『北軽井沢スウィートグラス』の代表が思うキャンプ場の本質 - 有限会社きたもっく 代表取締役 福嶋誠 -
すべては自分の経験から、既存の常識とは真逆のど根性ブルーベリー栽培 - エザワフルーツランド 江澤貞雄 -
設立53年西浦和幼稚園の歩み、笑顔が溢れる幼稚園であるために - 西浦和幼稚園 園長 熊谷万里子-

PAGE TOP