松本零士さんの人生・作品を変えた『インキンタムシ』自らの経験が何より大事なことを学ぶ~出身 北九州 小倉からの上京~|自分だけの生き方!~自分だけの生き方を謳歌する賢者への岩崎せいろ取材対談コーナー~-不動産賃貸経営博士-

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自分だけの生き方!
~自分だけの生き方を謳歌する賢者への取材対談コーナー~
松本零士さん
生誕80歳記念
宇宙を夢見た少年が歩んだ
80年軌跡を振り返る
漫画家  松本零士さん -生誕80歳記念-漫画家  松本零士さん -生誕80歳記念-
日本を代表する漫画家であり、今年80歳(傘寿)を迎えた松本零士氏に、博士.com代表創業者の岩崎せいろが取材対談。戦争を体験した少年期、戦後の高度経済成長期を経て現代に至るまでの日本、世界を漫画家として、一人の人間としてどのように捉えてきたのか。現代(いま)を生きる人たちに伝えたいことなどを伺いました。
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『自分の経験が何より大事』苦しめられたインキンタムシに救われて学んだこと

「上京してからは本郷三丁目にある『山越(やまこし)館』という学生下宿に住んでいました。で、そこで、インキンタムシになったんです」

――インキンタムシって……あの、かゆい病気ですか?

「そうです。当時はなかなか風呂にも入れないし、インキンタムシがかゆくてかきむしるじゃないですか。、下宿先はトイレも洗面所も共同なんで、それが下宿中に広まるんですよ」

――それは……相当ひどい状況ですねー……

「あんまりにもかゆいんで、本郷三丁目のあたりをかきながら歩いてたんですよ。そうしたら交番の前を通ったときに、急に警察官に捕まえられて『大通りで真昼間からマスかくやつがあるか!』って怒鳴られたんですよ!」

「『これはタムシがかゆいからかいてるんだ!』ってズボンをまくって血だらけのまたぐらを見せてやったら『おぉ、これはひどい……血だらけじゃな……すまん』ってすぐに解放されましたよ」
――警察官もそんな状態だとは思いもしなかったでしょうね(笑)

「ある日、新聞を見ていたら『白癬(はくせん)菌、俗に「たむし」という』って記事が朝日新聞に出ていたんですよ。これを見て『学名なら恥ずかしくないし薬が買える!』と思ったんです。で、薬局に行って『白癬菌の薬をください!』って堂々と大きな声で言ったら薬局のおやじに『おぉ、お前もタムシか!』なんて言われて(笑)」

「でも、この経験で『ちゃんと言えば(伝えれば)治るんだ』ってことがわかって。この経験と薬の名前『マセトローション』という水虫・タムシの薬を『男おいどん』に描いたら、大勢の人から反響が来たんですよ」

「『おかげで俺の人生が明るくなった!』とか『私の彼が急に元気になった!』とか手紙が来るようになって。それが私のおかげだっていうんですよ」

「その中に『森木深雪さん』という高校生の女性がいまして、宇宙戦艦ヤマトに出てくる『森雪』はこの方から名前をいただいたんです」

「私を苦しめていたインキンタムシが、結果として、私の生涯を助けてくれたわけです。この『男おいどん』が人気になり、その後から連載がいっぱいもらえるようになったんですから」

――先生の出世作ですもんね、『男おいどん』は。

「しかも、漫画にきちんと『マセトローション』って書いていたから、その製薬会社から薬のラベルにキャラクターを描いてくれって依頼まできたんですよ」

「この出来事を経て、私は思ったんですよ。『自分の経験が何より大事』なんだと。この目で見たものを描こうと」

アマゾン川でピラニアやワニを食べ、ナイアガラの滝の間をドイツの飛行機を操縦する冒険譚


――先生が漫画を描く際に一番気を付けているところは、どういったところですか?

「やっぱりね、自分で見てスケール感を味わわないと描けないんですよ。さっきの話と一緒で『自分の目で見ること』が一番大事です」

「私は若い頃から世界を結構飛び回ってまして、アフリカのケニアの草原でライオンと決闘しようとしたり、アマゾン川の源流でピラニアを塩焼きにして食べたり、倒したワニをステーキにしたり、ケープタウンの喜望峰の沖で飛行機を操縦して墜落実験をやったり、そこからリオまで飛んで、マチュピチュのてっぺんまで登ったり、ナイアガラの滝の間をドイツの飛行機を操縦して通ったりもしました」

――先生、若い頃はそんなにアクティブに活動されてたんですか!? マチュピチュなんて登っていいんですか?
「今はダメですが、当時は自由でしたから。今はアマゾン川は立ち入り禁止にして泳げないし、マチュピチュも下からしか見れないです」

「アマゾン川は気持ちいいですよ、泳ぐと。その代わり川にはピラニアがいて、そいつらが飢えているんで現地では落ちたら15秒で這い上がれなんて言われてるんです。そうしないとすぐに喰いつかれちゃうから」

――よくそんなところで泳ごうと思いましたね(笑)

「アマゾン川の源流なんかで泳いでいると足をピラニアがこすってくるんですよ。で、そいつらを26匹くらいだったかな?殺して持って帰るんです」

「で、それを刺身にして食べようとしたんですが、さすがに淡水なんでヤバイぞという話になって、結局塩焼きにして食べました」

「私は食料調達係だったんで、鉄砲一丁持って山やジャングルに入っていってよく獲物を狩ってきていました。ですが、ちばてつは敬虔なキリスト教徒みたいなところがあるので、よく『松本ー!今日はあまり殺すなよー!』なんていっていまして、だから彼に獲物をあまり見せませんでした。裏で調理してから料理を出すと『これはうめーなぁ!』って嬉しそうに食べてくれるんですよ」

――いやぁ、日本じゃ体験できないサバイバル生活ですねー。

「そういう体験ができた最後の世代なんですよ。今じゃもうアマゾン川の源流じゃ泳げませんし、アフリカもバスから降ろさないですからね」

――先生はその旅の体験を通して、どんなものを得ましたか?

「アフリカのキリマンジャロで夜空を見上げながら思ったんです。この景色は俺が生まれる前からここにあって、俺が死んだ後もここにあるんだ。人気がなんだ、金がなんだ、そんなことはちぃせぇことだ!とそう思うようになったんです」

――わかります。大自然の前に立つと自分自身のちっぽけさがわかって、普段気にしていることが本当はどうでもいいことなんだってことに気が付きますよね。

「そうして悟りを開いて日本に帰ってきてからは、電柱にも花が咲いているように感じて、心身ともに元気になりました」
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松本零士・手塚治虫・藤子不二雄・萩尾望都・モンキーパンチ・梶原一騎…漫画家が集まる練馬区 大泉
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